シグナル分子としての糖

 

炭水化物は多くの生物で呼吸基質としてだけではなく、シグナル分子としても働いています(Rolland et al. 2001)。たとえば、酵母ではグルコース添加によって炭素代謝系が変化し、アルコール発酵が誘導されます。哺乳類では体内の血糖値に依存したインスリンの分泌が起こります。同様に、高等植物でも多くの生理的現象が糖による調節を受けています。

 

糖・炭水化物によって調節を受けている生理的現象の例

 

炭水化物の蓄積は、植物の炭素代謝に影響を与えます。植物にスクロースを与えると、alfa-amylase (イネ。alfa-amylaseはデンプンをオリゴ糖に分解)やbeta-amylase(シロイヌナズナ、beta-amylaseはデンプンを麦芽糖に変える)の遺伝子の発現が抑制されます(Chen et al. 1994, Mita et al. 1995)。糖は、それ自身のトランスポーター遺伝子(SUT: sucrose transporter)の発現も調節しています(サトウダイコン、トウモロコシ、シロイヌナズナ、トマト、ジャガイモなど、Chiou and Bush 1998, Aoki et al. 1999, Barker et al. 2000)。またインベルターゼ(Invertase, スクロースを分解する酵素)やスクロースシンターゼ(sucrose synthase, SuSy。Sucrose + ATP ->glucose-P + fructoseを触媒)の遺伝子もヘキソース(glucose + fructose)による調節を受けています。

 

二次代謝産物のひとつであるアントシアニンの合成酵素(chalcone synthase)も、グルコースやスクロースによる誘導を受けます(Tsukaya et al. 1991)。タバコでは、感染に関与するタンパク(pathogenesis-related proteins)が糖による発現調節を受けていることも知られています(Herbers et al. 1995, 1996)。

 

炭水化物は植物の発生や成長にも影響を与えています。例えば、シロイヌナズナの芽生えを2-6%グルコースにつけておくと、胚軸の伸長が抑制されます(Jang and Sheen 1997)。暗条件で栽培したシロイヌナズナの根の伸長は、スクロースによって促進されます(Takahashi et al. 2003)。Riou-Khamlichiら(2000)は、シロイヌナズナを用いて、細胞周期に関与する遺伝子であるcyclinD2D3がグルコースによって誘導されることを示しました。この他にも、花粉の成熟にインベルターゼとSnRK(SNF-related protein kinase、糖のシグナリング経路のコンポーネントの一つ)が必要なこと(Goetzet al. 2001, Zhang et al. 2001)、グルコースを植物に与えると花茎の抽台や花成が早まること(Ohto et al. 2001)、シロイヌナズナの細胞壁のインベルターゼ過剰発現体で花成が促進され、逆に細胞質のインベルターゼ過剰発現体では遅れること(Heyer et al. 2004)などが知られています。ソラマメ(Vicia faba)の子葉では、背軸側(葉の裏側)の表皮細胞のsucrose/glucose比によって、transfer cell(物質輸送に関わる細胞)の分化が調節されています(Wardini et al. 2007)。

 

糖による光合成関連遺伝子の調節 

 

葉に糖、特にグルコースが蓄積すると、光合成に関連する遺伝子群が抑制されます。Sheenら(1990)は、光合成関連遺伝子のプロモーター部位にbeta-GUSをつないだコンストラクトを作成し、これをトウモロコシ(Maize, Zea mays)のプロトプラストに導入しました。このプロトプラストの培養液にグルコースを投入すると、pyruvate phosphodikinase (PPDK)、phosphoenolpyruvate carboxylase (PEPXC)、light harvesting complexII (LHCII)、Rubisco small subunitなどの遺伝子のプロモーター領域からの発現が抑制されました。Krapp and Stitt (1993)でも同様の結果が得られています。タバコの芽生えでは、Pi-TP交換輸送体 (phosphate-triose phosphate translocator)の発現がスクロースによって誘導されます。Ono and Watanabe (1997)は、ヒマワリの葉にDCMU (光合成の阻害剤)を与えるとRBCSの発現が増大することを示しました。このRBCSの発現量の増加は、DCMU処理によって葉の炭水化物含量が減少したことで説明できます。さらに、ATP-Delta (FO-F1 ATPaseのサブユニットのひとつ)、CA (カーボニックアンヒドラーゼ、CO2+H2O -> H2CO3を触媒)、PSBA (PSIIのD1タンパク質)、LHCB (クロロフィルa/bタンパク、LHCII)などの遺伝子群も炭水化物による調節を受けることが分かっています(Koch 1996, Pego et al. 2000, Paul et al. 2001)。

 

一方、植物に糖を与える処理が光合成速度や光合成に関連する酵素の量を増加させる、という報告もあります。Kovtun and Daie (1995)は、サトウダイコン(Sugar beet、Beta vulgaris)の根に90-300 mMのスクロースまたはグルコースを与えることで、その葉のrbcsや細胞質型のFBPase (Fructose-1, 6-bisphosphatase、Fructose-1,6-bisphosphateからFructose-6-phosphateを作る経路で働く)の発現量、光合成速度、成長速度が増加することを示しました。Furbank et al. (1997)もタバコやFlaveria bidentisで同様の結果を示しています。これらの結果は、炭水化物を根に与える処理が、葉への炭水化物の蓄積を促すにもかかわらず、葉の光合成活性を上昇させる場合もあることを示しています。

 

葉の老化と炭水化物

 

葉の老化は、植物では一般的に観察される現象で、光環境に応じたもの、季節によって起こるものなど種によって様々なパターンがあります。葉の老化過程では、まず、葉内のタンパク質(特にRubiscoなどの光合成遺伝子)が分解され、グルタミン、アスパラギンなどの、2分子の窒素を持つアミノ酸が合成されます。これらのアミノ酸は篩管を通って新しく作られた器官へと輸送されます。葉の老化が進行すると、葉緑体内のクロロフィルの分解が起こり、葉緑体内に油滴状の物質(plastoglobuli)が蓄積します。その後、葉柄に離層が形成され、最終的に葉は乾燥して脱落します。葉の老化過程ではいろいろな生理的現象が起こりますが、ある一定の段階までは可逆的で(おそらく窒素が減っている段階ぐらいまでだと思いますが、よくわかりません)、植物に施肥すると葉の窒素量が増加し、老化が抑制されることもあります。

 

葉の老化は、葉に炭水化物が蓄積することで促進されると考えられています(Yoshida 2003)。Hexokinaseを過剰発現するトマトでは、葉の老化が促進されます(Dai et al. 1999、Hexokinaseについては次のページを参考に)。タバコのrbcsアンチセンス発現株では、葉の炭水化物量が減少するとともに、葉の老化は抑制されます(Miller et al. 2000)。Heat-girdling処理(葉柄に高温蒸気を当てることで葉からの篩管転流を止める)は葉への炭水化物の蓄積とともに、葉の老化を促進します(Parrott et al. 2005)。このHeat-girdlingによる老化促進は、特に強光条件で顕著に起こります。さらに、Arabidopsisにグルコースを与える処理を行うと、PSIIの最大量子収率(Fv/Fm)が低下するとともに、老化葉で顕著に発現が誘導されるSAG12(senescence associated gene)遺伝子の誘導が起こります(Pourtau et al. 2006)。これらの結果は、葉への炭水化物の蓄積は単にその光合成能力を低下させるだけでなく、葉の老化を促進していることを示しています。