植物の炭素代謝

 

炭素と植物

 

炭素は生物にとって、酸素や水素、窒素と並んで最も重要な元素の一つです。炭素は光合成によって同化され、この同化された炭素(炭水化物のことです)をすべての生物が利用しています。地球上の植物・光合成細菌による炭素の同化量は220Pg(ペタは10の15乗を示します)にのぼります(Grace 2004, Woodward 2007)。陸上植物はこの同化量のうちほぼ半分を固定しています。同化された炭素は主に炭水化物の形で蓄積されます(セルロースも主な同化産物の一つですが、光合成により直接作られるわけではありません。セルロースの合成は今もよくわかっていないことが多いのですが、細胞膜上にあるセルロース合成酵素によりスクロースを材料にして合成されていると聞いたことがあります)。

 


光合成による炭水化物の生産

 

炭水化物は主に葉緑体内で合成されます。葉緑体にはカルビン回路と呼ばれる二酸化炭素固定のための代謝経路が存在します(図1)。カルビン回路は簡単に説明すると、1)リブロースビスリン酸(Riburose-1,5-bisphosphate, RuBP)に二酸化炭素(CO2)をひとつくっつけてホスホグリセリン酸(PGA)を2分子作り、2)PGAの一部を葉緑体から運び出して、残ったPGAから光のエネルギーを利用してRuBPを再生する、という(おおざっぱに分けると)2つの過程から成り立っています。高校の生物で習う暗反応(光がなくても進む反応)は前者で、明反応(光がないと進まない反応)は後者にあたります。1)の反応に必須なのがリブロース1,5ビスリン酸カルボキシラーゼ/オキシゲナーゼ(RuBP carboxylase / oxygenase)という長い名前の酵素です。あまりに長いので省略されてRuBPcaseとか、Rubiscoと呼ばれています。このRubiscoは植物に非常にたくさん蓄積されており、地球上でもっとも多いタンパク質であると考えられています。1)の過程で生成したPGAの一部は葉緑体外に運び出され、細胞内で利用されます。

 

図1:カルビン回路(単純化したもの)

カルビン回路は、RuBPにCO2をくっつける過程(カルボキシレーション)と、RuBPをATP、NADPHを使って再生する過程(RuBPリジェネレーション)からなる。緑の線の中は葉緑体。

カルビン回路について

 

もう少し、カルビン回路について詳しく説明します。カルビン回路の始めの過程は(回路なのでどこも始めとは言えないのですが)上で述べたRuBPにCO2をくっつけてPGAを作る過程です。この過程はRuBiscoによって触媒されています。一方、Rubiscoにはその名の通りオキシゲナーゼ(Oxygenase)活性があります(図2)。オキシゲナーゼ反応が起こると、酸素1分子とRuBP1分子から、PGA1分子と、グリオキシル酸1分子が合成されます。このグリオキシル酸はほおっておくと光合成を阻害してしまうので、分解する過程が葉緑体にはあります。この過程を光呼吸と呼びます(このあたりを参考に)。

 

一方、通常の光合成によって合成されたPGAはグリセルアルデヒド3リン酸(glyceraldehyde-3-phosphate, GA3P)に変換されます。葉緑体膜(おそらく内膜)にはGA3Pとリン酸(Pi)を対向輸送するトランスポーター(TP/Pi translocator)が存在し、GA3P(もしくはデヒドロキシアセトンリン酸、dehydroxyacetone phosphate, DHAP)の一部が葉緑体外に輸送されます。葉緑体内に残ったGA3Pは光合成によって生じたNADPHとATPを用いて複数の過程をへてリブロース-5-リン酸(Ru5P)になり、これがATPによりリン酸化されてRuBPになります。

 

図2:Rubiscoの2つの反応

Rubiscoは、RuBPのカルボキシレーションとオキシゲネーションを触媒する。

光合成の最終産物とその移動

 

合成されたPGAは葉緑体内でデンプン(starch)になります(Lytovchenko et al. 2007)。また、葉緑体外に輸送されたPGAの代謝物は複数の過程を経てスクロース(sucrose, ショ糖、砂糖)になります。スクロースは葉の中に蓄えられる(液胞に蓄えられます)だけでなく、葉から他の器官へと篩管を通って輸送(転流)されます。デンプンは光合成産物として日中、主に葉に蓄えられ、夜間にスクロースに変換されて他の器官へと運ばれます(Kaiser and Bassham 1979, Mitchell et al. 1992, Lloyd et al. 2005, Zeeman 2007)。ただし、一部の植物(主に単子葉植物)では、昼間も葉ではデンプンを作らず、スクロースを作るものもあります(イネやオオムギなど)。昼間葉でデンプンを作らない植物は、他の器官にデンプンの蓄積器官をもっており、そこにスクロースを日中にも送っているようです(イネは稈(葉の根本の部分)にデンプンの形で蓄えています)。一般的に、日中に葉にデンプンを蓄える葉をデンプン葉、デンプンをあまり作らずスクロースを作るものを糖葉と呼びますが、その境目は曖昧で、きちんと分類はされていません。

 

図3: 細胞内での炭素代謝

光合成産物は主に、葉緑体内でデンプンとして、もしくは細胞質でスクロースとして蓄えられる。

植物によって合成する炭水化物は異なる

 

一方、植物によってはスクロース以外の物質を合成し、転流しているものもいます(Turgeon et al. 2006)。バラ科(Rosaceae)やオオバコ科(Plantaginaceae)の植物はソルビトールを、セリ科(Apiaceae)、モクセイ科(Oleaceae)、クマツヅラ科(Verbanaceae))はマニトールを、ニシキギ科(Celastraceae)はガラクトースを合成し、転流しています。このほかにもスタチオースやラフィノースを合成するもの(キュウリ、シソ科:Lamiaceae、クマツヅラ科:Verbanaceae、ゴマノハクサ科:Scrophulariaceae、モクセイ科:Oleaceae)やミオイノシトールを合成するもの(キウイフルーツ:Actinidia deliciosa、サルナシ:Acttinidia argutaなどのマタタビ科植物)もいるようです。このようにさまざまな糖類が合成される理由ははっきりとしたことは分かっていないようですが、一部の物質(スタチオースやラフィノース)はそのサイズが大きいので、篩管内(正しくは篩管伴細胞内)で合成されると篩管から漏れなくなるために、樹木などで合成される傾向にあるようです。

 

篩管転流について

 

篩管輸送にはapoplastic loadingとsymplastic loadingがあり(図4)、apoplastic loadingではエネルギーを使ってスクロースを篩管内に運び込むのに対して、symplastic loadingでは受動輸送のみでスクロースを篩管内に運び込んでいます。しかし、能動輸送を使わないsymplastic loadingでは篩管内のスクロース濃度をうまく高めることができません。そこで、篩管伴細胞内で篩管から逃げ出さないスタチオースやラフィノースを合成し、その濃度勾配を利用して他の器官に輸送できるようにしています。一方、ヤナギはsymplastic loadingを行うにもかかわらずスクロースしか作らないようです(Turgeon 1987)。一方、マタタビ科が合成するミオイノシトールは、転流糖ではないので、このような理論からは説明できません(マタタビ科植物が作る粘液の合成に使われているのではないか、といわれているようです。Klages et al. 2004)。合成される転流糖の種類と樹木の進化の関係を調べたりするのは面白そうですが、今のところきちんと調べた仕事は見たことがありません。

 

図4: apoplastic loadingとsymplastic loading

apoplastic loadingでは、光合成産物が一度細胞外に出された後、篩管伴細胞(CC: companion cell)で濃縮されて輸送されるのに対し、symplastic loadingでは、光合成産物はplasmodesmata(細胞間連絡)を通って伴細胞に輸送され、高分子の物質が合成される。

何やらココを引いてネット上の質問に答えられているようなので、篩管転流についてもう少し説明を加えておきます。

 

上記のように、葉では篩管への糖の蓄積が起こります。一方、根や茎頂分裂組織では、糖は篩管から積み下ろされ、利用されます。このため、篩管内の糖濃度は葉の周辺で高く、根や茎頂では低くなります。

 

篩管内の糖の濃度の違いは、その場所の浸透圧に影響を与えます。糖濃度が高い所では浸透圧が高く、強い力で篩管内に水が吸い込まれます(図5)。一方、糖濃度が低い所では浸透圧が低く、あまり水が吸い込まれません。このため、水は浸透圧の高いところから、低いところへと流れます。この浸透圧差による水の流れが、篩管内のマスフローを引き起こしていると考えられています。このマスフローの速度は1時間あたり30cm-1m程度であると、どこかで読んだ記憶があります(確かMRIを使った実験だったと思いますが、どの論文に書かれていたのか覚えていません)。

図5: 篩管内の糖濃度と浸透圧差

葉の周辺では篩管内の糖濃度が高く、それ以外では低い。そのため、浸透圧に差が生じる。この浸透圧差によって、篩管内のマスフローが引き起こされる。