高CO2環境下における生育が葉の光合成に与える影響

 

大気CO2の増加

 

大気CO2濃度は化石燃料の使用にともない増加しています。大気CO2濃度は地球の歴史の間に大幅に増減しているのですが(たとえば隕石が落下すると太陽光が遮られて植物が大幅に減ったりすると、CO2濃度は増加しました)、近年(とはいってもここ1万年ぐらい)はおよそ280 microL L-1程度で安定していました。しかし、18世紀の産業革命以降、大気CO2濃度は徐々に増加し続け、現在ではおよそ380 microL L-1程度まで上昇しています(図1、National Oceanic and Atmospheric Administration (NOAA), http://www.esrl.noaa.gov/を参照。CO2濃度が上下に揺れ動いているのは、陸上植物の光合成が原因です。地球上の主な大陸は北半球にあるので、北半球の陸上植物の光合成が高まるとCO2濃度は下がり、光合成ができなくなるとCO2濃度は上昇します。したがって、北半球が冬季のときにCO2濃度は上昇し、夏季にCO2濃度は下がります)。大気CO2の上昇が温室効果による大気温の上昇を引き起こすことは有名ですが(ちなみにウシなどの家畜、水田などから生じるメタンや、フロンガスも温室効果を持ちます)、CO2濃度の上昇は植物の生態にも(気温以外の形で)大きな影響を及ぼします。

 

図1: マウナロアでのCO2濃度の変遷

NOAAのホームページのデータをグラフにしたもの。赤は年平均値。CO2濃度の予測は複数の機関で、複数のモデルを用いて行われていますが、2100年に500ppm~1300ppm程度になると考えるのが普通のようです。

CO2と光合成

 

CO2は光合成の材料の一つです(光合成を非常に単純に記述すると、CO2 + H2O -> CH2O + O2です)。植物の周辺のCO2濃度を上げてやると、材料が増えるので光合成速度は増加します(正確には、Rubisco周辺のCO2濃度が上がると、Rubiscoによる酵素反応が現在のCO2濃度では飽和していないこと、CO2濃度が上昇することでCO2と競合するO2とRuBPの反応が起こりにくくなることから、反応速度の増加がおこります。Furquhar et al. 1980)。一方、高CO2環境下での長期の植物の栽培はその葉の光合成速度の低下をもたらします。高CO2環境下では光合成速度が高まる結果、葉に炭水化物が蓄積し(Brown and Escombe 1902, Madsen 1968, Apel 1976, Sasek 1985, Chang et al. 1998, Moore et al. 1998, Sawada et al. 2001)、その炭水化物の蓄積による光合成の抑制が起こると一般的に考えられています(Makino 1994, van Oosten and Besford 1996, Griffin and Seemann 1996, Ainsworth and Long 2005)。

 

ポットサイズ効果

 

このような高CO2環境下での葉への炭水化物の蓄積が起こる原因として、「ポットサイズ効果」というものが知られています。ポットサイズ効果はArp (1991)で初めて示された仮説で、高CO2条件における光合成の抑制がポットが小さいときほど強く起こることから提唱されました。ポットが小さいときには、植物の根の成長は抑えられます(シュートの成長も部分的には抑えられるかもしれません)。この結果、もともとは根の成長に使うことができた炭水化物が利用されないまま葉に残り、結果として葉への炭水化物の蓄積と光合成速度の低下が起こります(Thomas and Strain 1991も同じような結果を示しています)。一方で、近年よくおこなわれるようになったFACE(Free air CO2 enrichment experiment、野外環境で植物をCO2噴出装置で囲って、その周辺のCO2濃度だけを上昇させる実験)では、ポット=地球であるにもかかわらず、高CO2条件での光合成速度の低下が観察されています(Nie et al. 1995, Long et al. 2004, Ainsworth and Long 2005)。したがって、ポット効果だけでは高CO2環境下における光合成能力の低下を説明することはできません。

 

図2: ポットサイズ効果

ポット無限大のFACEでも高CO2による光合成抑制が起こるので、ポットサイズが唯一の原因ではない。

高CO2環境下における光合成低下と窒素栄養

 

一方、Stitt and Krapp (1999)は、高CO2環境下での光合成能力の低下が特に低窒素環境下で顕著であることについて議論しています。具体的な研究例を挙げると、Rogers et al. (1996)は、低窒素で栽培したコムギの葉のRubisaco含量は高窒素条件で栽培したものと比較して高CO2条件下で大きく低下することを示しました。さらにRogers et al.(2006)では高窒素条件で栽培したダイズの光合成速度は高CO2条件の影響をほとんど受けないことを示しています。同様の結果をLudewig et al. (1998), Geiger et al. (1999)らも示しています。Oren et al. (2001)ではノースカロライナ州のマツ林でFACE実験を行い、事前に窒素栄養を供給しておいた森では炭素同化量の低下がほとんど起こらないことを示しました。

 

 このような窒素条件による高CO2の影響の違いは、窒素条件が生長量に与える影響によってStittらによって説明されています。一般的に、窒素栄養条件のよい植物は速く成長します。成長が速いときには、光合成によって得られた炭水化物は速やかに新しい器官をつくるために利用されます。したがって、窒素条件がよいときには高CO2条件下においても葉に炭水化物は蓄積しません。一方、窒素条件が悪い場合には成長が遅れ、そのために葉に炭水化物が蓄積します。このような成長の状態が葉の炭水化物量に影響を与え、高CO2に対する光合成の応答の違いを生じていると考えられています。

 

図3: 窒素栄養状態と炭水化物

窒素栄養は植物の成長に影響を与える。成長が良いほど、使われる炭水化物量は増え、葉に炭水化物がたまりにくくなる。

炭水化物は高CO2環境下での光合成低下に関与しない?

 

一方、高CO2による光合成の抑制には、炭水化物を経由しない抑制効果があるのではないかという仮説も提唱されています。例えば、Mooreら(1998)は高CO2によってRBCSの発現や光合成の抑制が起こらない種も存在することを示しています。さらに、Simsら(2001)は、ダイズの三出葉(trifoliate、マメ科植物は複葉を持ち、インゲンやダイズ、ミヤコグサなどは3枚小葉をもった葉を作ります。これを三出葉と言います)の小葉の1枚のみを高CO2条件に置き、植物のその他の部分を通常のCO2条件においておくと、高CO2処理した小葉の光合成速度が減少しないことを示しました。一方、小葉の1枚をのぞいて高CO2条件においた場合には、その小葉の光合成速度は、小葉が通常のCO2条件に置かれていたのにもかかわらず、低下することを示しました。

 

図4: Sims (1998)の実験

個葉の炭水化物量は、その周辺のCO2濃度に依存して変化し、光合成速度は個体周辺のCO2濃度に依存して変化する。

光合成のフィードバック阻害についての仮説

 

このように、光合成のフィードバック阻害については様々な研究が行われてきました。同時に、生理学的な研究もたくさんなされていて、光合成のフィードバック阻害の原因について以下の3つの仮説が提唱されました。

 

1. 糖による光合成遺伝子の発現抑制

2. 糖リン酸蓄積にともなう細胞内遊離リン酸量の欠乏

3. デンプンの蓄積にともなう細胞間隙からRubisco活性部位までのCO2コンダクタンス(抵抗の逆数)の低下

 

 

僕が2006年の論文の研究をするまでは、これらを直接比較した研究はなされていませんでした。そこで、これらを1つの葉で比較して、どれが主な原因であるかを突き止める、というのが研究目的の1つでした。詳しくはこちらへ。