過去の研究内容: 概要
僕は大阪大学、東京大学での研究を通じて、植物の葉に蓄積される炭水化物が光合成に与える影響について研究を行ってきました。まず、その内容について一通り概要を述べておきます。
1. 炭水化物による光合成のフィードバック阻害
炭水化物は光合成の主な生成物の一つであり、すべての生物の呼吸に用いられている重要な有機物の一つです。炭水化物は呼吸に用いられるだけではなく、植物の体を支える構造(セルロース:綿などの繊維を構成する物質。構造単位は糖の一つであるグルコース、ブドウ糖)を構成しています。
一方で、炭水化物は葉の光合成能力や植物の色素(アントシアニン:花の色などの色素)の量、さまざまな代謝にかかわる酵素の量などを調節するシグナルとしても働いていることが近年の(とはいってもここ20年ぐらいですが)研究でわかってきました。特に炭水化物が葉に蓄積すると、その葉の光合成能力が減少します(図1)。このような光合成能力の低下は主に炭水化物が蓄積することで、光合成に必要な酵素(特にリブロース2リン酸カルボキシラーゼ/オキシゲナーゼ、略してRubisco)の遺伝子発現量が低下することが原因であると考えられてきました。このような炭水化物による光合成能力の抑制のことを、”光合成のフィードバック阻害”と言います。
図1:光合成のフィードバック阻害
光合成産物は、普段は葉から他の器官(根や芽など)に送られて消費される(a)。しかし、ある環境条件下(例えば低温や高CO2環境)では、他の器官が消費するよりも過剰の光合成産物が作られる。このような場合には、葉に光合成産物が蓄積し、光合成速度が低下する(b)。これを光合成のフィードバック阻害と呼ぶ。
2. 葉に含まれる炭水化物量とは何か?
炭水化物は葉から他の器官(根、茎、分裂組織、花、果実など)に輸送されています。葉での炭水化物の生産量が他の器官で利用出来る量を上回ると、葉に炭水化物が蓄積します。需要に見合わないほど生産量を増やすと在庫が蓄積するのと同じです。
葉の炭水化物量はその生産量と、炭水化物の需要によって決定しているはずです。製造業者が蓄積した在庫の量に応じて生産を調節するのと同様に、植物でも炭水化物の蓄積にしたがって光合成生産を低下させる”光合成のフィードバック阻害”は一見理にかなっているように思えます。
一方で、展開中の葉では、炭水化物量が炭水化物の生産とそれに対する需要だけでなく、その葉自身で用いられる炭水化物の量に依存します。(図2、植物を構成する成分の一つであるセルロースは炭水化物から作られます。その他の葉の構成成分を合成するエネルギー源としても炭水化物は必要です。)つまり、若い葉の炭水化物量を基準に光合成能力を調整することは、成熟した葉と比較すると理にかなっていないように思えます。企業を例にすると、新規事業部を立ち上げる(新しい葉を作る)時に、その初期から利益を出しているのかを評価してその新規事業を継続するのかやめるのかを決定すること(葉では炭水化物量に応じてその光合成能力を決定すること)はあまり理にかなっていない、というのと同じです。僕の2006年度の研究で(こちらのページを参照)は、植物の若い葉と成熟した葉で炭水化物が蓄積したときに、光合成のフィードバック阻害の強さがどう変化するのかを調べました。
図2: 葉の成長と炭素代謝の変化
若い葉は自己の消費をまかなうだけの光合成を行うことができないため、他の器官からの輸送に頼っている。このような状態の葉をシンク葉と呼ぶ。葉の成長とともに葉自身の消費より光合成生産が多くなるために、葉から他の器官へと炭水化物が輸送されるようになる。このような状態の葉をソース葉と呼ぶ。
3. 窒素と光合成、炭水化物の関係
窒素は植物が光合成を行う上で非常に重要な物質の一つです。植物の体に含まれる窒素のほとんどがその葉に含まれており、さらにその葉の窒素のほとんどが光合成が行われる葉緑体に含まれています。葉の窒素量とその光合成能力の間には正の相関があり、葉に窒素が多いほど光合成速度が高くなります。植物が窒素欠乏下にある時には、葉に炭水化物が蓄積し、炭水化物による光合成のフィードバック阻害効果も強くなると考えられています。このことは、窒素欠乏下での光合成速度の低下に炭水化物が関与している可能性を示唆しています。炭水化物と窒素の関係は数多く調べられてきましたが、窒素欠乏下での光合成速度の低下に炭水化物がどの程度寄与しているのかははっきりとは分かっていませんでした。僕の2005-2009年度の研究(こちらのページを参照)では、葉の炭水化物量、窒素量と、その光合成能力の関係について、インゲンをを用いて解析しました。
4. 個体内の各葉の光合成能力の調節と炭水化物
植物の群落では、より上部にある葉ほど強い光を受け、下部の葉ほどより暗い環境にあります。このような環境下において、植物は個体全体での光合成生産量を最大にするためにより高い位置にある葉により多くの窒素を、より低い位置にある葉には少ない窒素を分配しています。このような植物内での窒素の最適な分配には光環境が重要な役割を担っています。しかし、今までの研究では、光の強さがどのようにして個体内の各葉間での窒素分配に影響を与えているのかよくわかっていませんでした。一方、光合成による炭水化物の生産量は、葉に当たる光強度に依存しているはずです。僕の2008年度の研究(こちらのページを参照)では、炭水化物が各葉の窒素分配や光合成能力に与える影響をインゲンを用いて調べました。